
秀吉が攻めあぐねた天然の要塞ともいわれる
兵庫県三木市にある
三木城
三木合戦

三木城跡/三木市公式ホームページ

こんばんは
中目黒の美容師 河本 です。
司馬遼太郎 の作品で播磨灘物語(講談社)-『姫路がうんだ軍師黒田如水の話』を、
読んで行きたくなったんで、正月に姫路に帰省した際に
三木城跡地に迷いながらもたどり着きました。
そんなに時間はかからずに攻め落とせると思っていた秀吉も、
堅固な要塞:三木城と長治を筆頭にした籠城者の戦う強い意志、
食料も毛利から、又、包囲網に参加していた荒木村重が反信長を表明して
三木城への食料運び込みを実行しました。
しかし、
1580(天正8)年の正月を迎えると、飢餓も極限にたっし、
間道から運び込まれた食料もその道を絶たれ、餓死をまつばかりとなった。
1月6日、秀吉はここぞとばかりに攻撃を開始して、降伏をすすめました。
敗北を認めた長治は「長治兄弟及び一族が自害するから、
将兵と町民の命は助けてほしい」と書状を秀吉に送りました。
秀吉は、その申し入れを受け入れ、酒20樽と肴を贈りました。
1月17日、長治とその一族は自刃しました。長治 享年23歳。
そして、約2年間に渡った秀吉対長治の戦いは幕を閉じました。
この戦いを「三木の干殺し」とも言われています。
河本
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